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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和40年(う)141号 判決 1966年2月22日

被告人 田守世四郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人神保泰一の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

論旨一点(法令解釈適用の誤り)について

所論は、要するに次のとおり主張する。原判決は、原判示トルコ嬢九名の中に被告人経営のトルコ風呂「花園」に居住しないで他から通勤していた者のあることを認定しながら、売春防止法第一二条にいう「居住」とは一般概念にいう寝食起臥が伴つた場所に在留することに限られるものではないとの合目的的解釈の下に右通勤者に対する関係においても、被告人につき同条違反の罪の成立を認めている。しかしながら、売春防止法は行政目的達成のためある程度合目的的解釈の許される行政法規でなく、法条の文言を厳格に解釈して万一にも国民の権利を不当に侵害することのないよう細心の注意を払うべき刑罰法規に属するし、同法第一条の掲げる同法の目的なるものも、トルコ風呂等の施設に対する行政法規の整備による取締、ないし規制に待つべきもので、刑罰法規の解釈にこれを期待するのはおよそ筋違いであるから、同法第一二条にいう「居住」の意味も普通の一般概念に従つて寝食起臥を要件とするものと解すべきである。従つて、原判決の認定する事実については同法第一一条を適用すべきではあつても、同法第一二条を適用すべきではなく、原判決の法令の適用には判決に影響を及ぼす重大な誤りがあり、原判決は破棄を免れないというのである。

本件の記録を調査するに、原判決が、被告人において遊客を相手に売春をさせていたトルコ嬢のうち村中まる子等七名については、それぞれ、売春場所たるトルコ風呂「花園」に通勤していた時期のあることをも認めながら、右七名を通勤の上売春させた点についても、売春防止法第一二条所定の、人を自己の占有する場所に居住させこれに売春をさせることを業とした罪が成立するものと判断して同条を適用処断したことは所論のとおりである。およそ、法文の解釈に当つては、文理上常識的に許容し得る範囲内において、当該法令の趣旨、精神をよく参酌し、これを無にしないよう合理的に用語の意味を決定しなければならず、この点は刑罰法規であつても異らない。ところで、売春防止法第一二条が人を自己の占有し、管理し、もしくは指定する場所に居住させて売春をさせることを業とした者を重く処罰することとした趣旨は、売春を行う者の身体に対する管理支配が売春に対する搾取を容易ならしめ、売春を助長させる最も有力な手段であると認めてこれを防遏しようとしたものと解せられる。ところで近時の売春業者の生態として、売春婦を自己のもとに寝起きさせることによりその生活のすべてを把握してその身体を支配し売春を営ましめる旧時の娼家の如き形態は影を潜めていることも一般に周知の事実である。そして、民法上住所なるものが、決して、すべての生活関係につき画一的に決定せらるべきでなく、それぞれの生活関係において異る地を住所と認むべきものとされていることを参酌すれば、居住なる用語についても、同様に、常に、すべての関係を通じて、当該場所に寝起きしていることを要件として画一的に決定せねばならないものとは解されない。してみれば、売春防止法第一二条にいう居住に該るか否かの決定についても、同条の趣旨及び近時の売春形態の実情に照らし、売春に関連して売春を行う者の身体に対して加えられている管理、支配の程度、態様の如何を検討して決定すべきもので、当該場所に寝起きしていることを居住の必須の要件と解すべきものではない。そこで、本件犯行の具体的状況を検討するに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、途中から住み込みを通勤に切り替えて「花園」で売春に従事していた前記村中まる子等七名のトルコ嬢は、いずれも、被告人の世話で(但し戸坂菊枝のみは独力で)、他に自己の世帯道具を置いて寝起きする部屋を借り、そこに寝起きしていたが、毎夕午後六時頃から翌日午前一時頃までの時間は、売春を含むトルコ嬢としての仕事のため「花園」に赴き同所で過さねばならず、夕食及び夜食も、「花園」で、被告人の提供する食事を取つて済ませ、もし仕事を休むときは被告人の許可を受けねばならなかつたこと、同女等は、「花園」に出かけている間は、他の住込みのトルコ嬢が寝起きしている二階和室に詰めて、食事、着替、客待ち、休息をなし、客が来れば、被告人の定めた順番に従い、被告人の雇つている事務員の合図で、それぞれ「花園」内階下浴室に下り、トルコ入浴の世話及び客の希望があれば引続き同室内で売春をなさればならない定めとなつており、そのとおり実行していたもので、その間、トルコ入浴及び売春に付随する代金の徴収及び伝票の記載等の事務はすべて右事務員が行ない、トルコ嬢等は、後で、被告人から、その徴収した代金中の所定の分前を支給されるのみで、代金の決定及び徴収には関与できなかつたこと、以上の売春を含むトルコ嬢の仕事はすべて被告人の意思により企画されその支配下に行なわれていたことが認められるのであつて、以上の事実の認められる本件においては、右村中まる子等七名のトルコ嬢の通勤期間中の売春についても、被告人の同女等の身体に対する管理、支配の程度、態様は、被告人方での寝起きを伴わなくても、売春防止法第一二条にいう「居住」に該るものと解するのが正当である。従つて、原判決の法令の適用は正当であり、論旨は採用できない。

論旨第二点(量刑不当)について

所論は、トルコ風呂経営に対する行政上の規制の不備及びかかる施設をむしろ歓迎する温泉地の雰囲気並びにトルコ嬢と客の間で内密に売春が行なわれることに伴う紛争及び混乱等を避けるため已むなく被告人において売春料金に関する事務的処理をしなければならなくなつた犯行の動機並びに被告人の経歴、素行及び更生の決意等の諸点を考量すれば、被告人を懲役一〇月及び罰金一〇〇、〇〇〇円に処した原判決の量刑は重きに失し不当であるというのである。

記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌するに、温泉地の享楽的雰囲気の中に、トルコ風呂等の形式による性的享楽を期待する気分のあることは否定できないし、被告人がトルコ嬢を支配して売春をさせていた態様が特段に悪辣な手段によるものでなかつたことも肯認できるけれども、さればといつて、所論のように本件犯行の原因が専らトルコ嬢と客の間の内密の売春に伴う紛争及び混乱等を避けるための巳むを得ない動機に基づくものとは認め難く、トルコ風呂の収益増加を図ることが犯行の動機の主因をなしたことは証拠に現われた被告人のトルコ嬢に対し売春を勧めた言動等からこれを認めるに十分である。そして、本件犯行が、人的にも物的にも極めて組織的な態勢の下に行なわれ、売春の期間、回数も大であり、これによる被告人の収益増加も少なくないと認められること、被告人の経歴、特にこれまで、猥褻図画公然陳列罪等猥褻関係事犯で前科五犯を有し、しかも、本件は、原判示のとおり、前科の猥褻図画公然陳列罪と刑法第五九条の三犯の関係にあることを考慮すれば、本件検挙後における被告人の自粛の態度等被告人に有利な諸点を斟酌しても、原判決の量刑は相当であつて、重きに失するものということはできない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により、これを棄却することとし、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、当審における訴訟費用は全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 斎藤寿 高橋正之)

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